愛のことば

もうこれ以上進めなくても

時間の長さ

今週1週間、仕事へ行くことができた。

まずはそれが出来た自分を褒めたい。

 

しかし、この歳になるまで

 

アルバイトを含め、履歴書に書ききれないほどいろんな仕事をやってきたけれど、

仕事をしているときの時間の長さが、異様に長く感じる。

 

家で過ごす5分が、仕事をしているときの5分と同じ時間の長さだとは、

とても思えないのだ。

 

昔は趣味と呼べるものなどがあったし、それに没頭しているときも

あっという間に時間が過ぎてしまう感じがした。

 

子供がまだ小さいとき、一緒に遊んでいるときは幸福感に包まれ、

ほんとうに時が過ぎるのをあっという間に感じた。

 

でも、仕事に関しては、全然違う。1分、1秒が異様に長く感じる。

 

それは多分、僕にとって、「仕事=苦行」だからなんだろう。

 

仕事が楽しければ、おそらく時間は今のように長く感じることはないし、

 

苦痛に感じることもないんだろうと思う。

 

実際、以前自営でやっていた仕事が調子良かったときは、仕事が楽しかった。

 

学生のときのアルバイトを含めて

 

履歴書に書ききれないほどの職種を経験してきたけれど、

 

そのほとんどの仕事で僕は、時計ばかりを気にしていた。

 

あと何時間たてば終業だとか、

 

後何分経てば帰れるだとか、

 

仕事から解放されるまでの時間を常に気にしていた。

 

1時間いくら、という働き方、つまり時間給で仕事をしていたから、

 

 時間を気にしてしまうのは、当然といえば当然なのだけど、

 

仕事自体を楽しめていないし、楽しめなかった仕事のほぼすべては、

 

お金のためだけに「イヤイヤ」「しぶしぶ」やっていたし、

 

平たく言えば、勤務時間中ずっと「我慢」していたに過ぎない。

 

それがいつごろからか、「仕事は我慢するもの」だという意識的なすり込みが出来上がったんだろう。

 

自分の人生の時間を大事にするには、ここを何とかしないといけないな。

 

そんな風に感じている。

 

だって、人生も半分以上生きてしまったし、

 

冗談抜きで、自分の身にいつ何があるか、わからない年齢になりつつある。

 

 

 

今の仕事は始めたばかりだけれど、やはり時計ばかりを気にしているし、

 

仕事そのものに「苦行」というイメージを持たなくなれば、

 

もっと生き易くなるかもしれないな、と思っている。

 

今の仕事に対して、楽しさを感じたり、無我の境地になることが出来たら

 

今の苦しみも少しは軽くなったりするのかな。

 

 

昨夜、心療内科へいって診察してもらい、思っていること、

考えていることを、そのまま吐き出してきた。

 

早期覚醒がまた起こってきたので、眠剤の薬を一種類増やした。

少し眠れたらいいな。

 

 

ともあれ、今週、僕はよくがんばった。

毎朝3時ごろ早期覚醒し、泣きながら朝起きて、塞いだ気持ちを抱えて仕事へ行った。

 

しんどかった。ほんとうにしんどかった。

 

でも、今週はなんとか勤務終了だ。お疲れ様、僕。

 

今夜は深い深い、泥のような眠りに落ちたい。